整形外科医の視点

医療レセプト IT化凍結し情報漏出防げ
大竹整形外科  大竹進
朝日新聞 「私の視点」 2009年7月11日
に掲載されたものです

2011年から医療費の請求手続きがIT化される。紙情報 は順次廃棄され、今後はIT化された個人情報が生涯にわたっ て蓄積される。コスト削減が言われるが、このまま計画が進め ば、国民は引き換えに情報流出のリスクを背負うことになる。 これまでは医療側からの問題提起が多いが、患者の視点に立っ て警鐘を鳴らしたい。

 医療費の請求書(レセプト)には患者の氏名、生年月日、健 康保険証番号、傷病名、検査や手術など治療内容、かかった医 療費などが記入される。人工妊娠中絶や遺伝子情報など機密性 の高い個人情報も含まれている。  現在、医療情報は医療機関で5年間管理されるほか、審査機 関や保険者(自治体や企業など)でも紙の形で保存されている が、一定の期間を過ぎると順次廃棄されてきた。

 しかし、11年4月からは患者から見えないところでシステ ムが変わり、医療機関はレセプト情報をすべて電子データ化し 、オンラインで請求する予定だ。一見、患者に及ぶ影響は少な いが、問題は請求されたデータの取り扱いが大きく変更になる ことだ。

 電子データのためやり取りが簡単になり、複数の場所で保存 が可能となる。保険者に加え国の「データベースシステム」に も蓄積される。さらに保存期間が延長され、一生涯の個人の歴 史が保存される予定だ。

 当然、情報漏出対策が課題になる。厚生労働省はセキュリテ ィーのガイドラインを作ったものの、だれが対策費用を負担す るかは言及がなく、実効性は不明だ。金融機関などで頻発する 大規模な個人情報漏洩事件でもわかるように、最終的には人的 なセキュリティーが鍵を握る。いくら罰則を重くしても流出を ゼロにすることはできないし、漏れた情報はもとに戻せない。

 国の「データベースシステム」はいまだに全体像は明らかに なっていないが、情報利用については「民間への開放」を前提 としている。情報漏洩対策に国、保険者、企業が十分な費用を 負担できるかどうかはわからない。
 日本とは逆に、プライバシーを重んじるフランスでは医療の IT化計画が凍結されたという。個人情報の利用について勧告 や監査を行っている委員会が反対したためだ。

 現在の計画は法律ではなく省令によって進められているため 、民意が反映されているとは言いがたい。生涯にわたる個人情 報だ。患者各人が項目を選択したうえで保存を承諾する制度に してはどうか。

 国民がコントロールできるブレーキがないまま、「行政の効 率化」というアクセルを踏めば、暴走を止めることはできない 。IT化計画は一時凍結し、国民の同意を得てから進めるべき だ。