交通事故の患者さんへの診断書について

平成13年1月25日本田整形外科クリニック本田忠


はじめに

 毎日新聞に大阪の病院で、交通事故の患者さんへの診断書を、当直医師が作成拒否した。これは医師法違反ではないかという記事が載りました。毎日新聞記事全文と診断書記載に関する、医師法の当該部分は、末尾に載せておきますが、この新聞記事は、現場の整形外科の医師にとっては、かなり違和感のある記事です。


事実関係
 新聞記事から読み取れるのは、
1)患者さんは次日に、すでに仕事にも出ていることから、比較的軽症の患者さんであること。
2)当直医がおそらく外科系の医師であること。整形外科かどうかは不明。
3)病院のマニュアルが、当直医が診断書記載をしてはならないとなっている(例外規定あり、一律ではない)
という状況です。
それに対し
1)あくまで当直医の判断で、患者さんに、次日に診断書を書くことを説明して(若干説明内容に配慮が欠けるかもしれませんが)、患者さんの了解を得て、患者さんも一応納得してお帰りになった。
2)患者さんの都合で、次の日に受診が出来なかった。別な病院で診断書をいただいた。
という事実経過です。
 新聞記事の言い分は、救急外来での、当直医師が診断書を書かないのは、医師法違反ではないかということです。
 現場の整形外科医の感覚としては、夜間救急において、当直医が生命危機がないと判断。それなりに患者さんに説明して、次の日に専門家である整形外科への受診と、診断書記載を指示している。特に問題はない。しかし、患者さんの都合により、次の日に受診できず、他の病院で診察され、診断書を書いていただいた。これも特に差し支えない。受診時間があわないで、患者さんの都合で病院を変わるのも当然であります。それは患者さんの自由です。疾患の性質上、多くは継続的な受診も必要であり、受診時間が合わなければ当該病院へは通いきれません。いずれも何ら問題のあるものではない。

当直医の一般的な心得
 一般的に、救急外来では、当直医師としては、特に専門外の疾患を見た場合は、再診の必要が恐らくなくても「念のため」と説明して、日中に来てもらって、専門家である、常勤医師による診察・診断書の交付を患者さんにお願いする、というのが、当直医師及び病院側の、常識的な対応ではないかと思います。このケースの場合、診断書記載を、次日にするのは、医師法でいう「正当な事由」にあたり、特に問題はないと考えます。

ではなぜ病院のマニュアルのごとく当日に書かない(例外規定あり)のか?
1)夜間救急はいわば野戦病院である。軽症例は後回しである。必然的に見逃しもありえる。
 夜間救急は日常診療と考え方が若干異ります。当直医師は、重傷度により、患者さんを段階的にわけ、重傷例を、重点的に診断及び治療する。軽い疾患は、最低限の診断と治療をして、次日にまわす等の、患者さんの重傷度による選別作業を優先しながら治療に当たるわけです。いわば野戦病院である。生命予後に直接関係すると思われる、疾患を集中的に行う(トリアージといいます)。夜は投入できる医療資源は少ない。人的資源にも乏しいのです。重点的に行わざるをえない。乏しい医療資源は常に重症患者のためにあけておく必要がある。そういう現場ですから、軽い疾患は、最低限の診断や処置にとどめる。たとえば、軽症の頚椎捻挫ならレントゲンをとらない事も多い。生命予後に関係ないと判断すれば、正確な診断や治療は次の日でも間に合うわけですから、これは当直医としてはきわめて妥当な判断である。
一方、当直医としては、専門家でも、ましてや当該疾患の専門家でなければ、診断や検査が雑なら、常にささやかな疾患でも、見逃しも考慮しなければいけません。これは夜間救急という現場では、やむをえない仕儀です。患者さんにとっても、軽い疾患と思われても、次日にきていただいて、日中のスタッフのそろった時間帯に、専門家による正確な診断と治療を受け、あわせて責任ある立場の医師から、診断書を書いていただいたほうが、無難ではないでしょうか。当日に書かないのは、むしろ当直医にとっても、患者さんにとっても、望ましい慎重な態度でしょう。
2)頚椎捻挫等の交通事故関係の疾患の性質

 交通事故の場合、当日より次日に症状が加わることのほうが多いのです。事故直後よりも、次日にかいたほうがより実情を反映できる場合が多い。
3)交通事故の場合の診断書の特殊性
 交通事故の場合、加害者がいて、利害関係が錯綜する。あるいは訴訟になる場合もあるわけです。病院側としては、当然社会的責務として、責任ある立場の専門家による、診断書を出すべきである。もとより我々整形外科医が当直している場合は、いつでも書きますが、専門家でも、慎重をきすなら、次日に書いたほうが無難である。ましてや、当直されたのが、専門外の先生なら、より慎重になるのは当然であります。夜間救急の特殊性をご理解いただきたいわけです。
 交通事故の診断書は、警察に提出して、処分を受けるための、あくまでも事務的なものです。救急による一分一秒を争うような性質のものとは異なるわけです。しかも時間を置いたほうが患者さんにとっても、加害者にとっても、より妥当な診断書となるわけです。夜間救急という限定された時間帯に、直ぐ書くべき性質のものとは異ります。もちろん当直時に、専門家がいて、軽微な外傷の場合は患者サービスの面からも当然、書けばよいでしょうが、それは残念ながら、例外的な状況でしかない。見逃しも多い。しかも軽微な外傷なら専門医を呼ぶ必要性は薄い。
 上記の病院の取り決めは、妥当であると考えます。例外規定もちゃんとある。違和感のあるものではない。専門家がかいたほうが、齟齬は少ないのは当然であります。もちろん患者さんに伝えるべきことではない、内部規定ではありますが、医師にとっては常識的なことです。この毎日新聞の記事は短絡的な、まことに一方的な記事かと思います。

○交通事故後の、保険会社へ毎月提出する交通事故診断書への病医院での記載が遅い
 話は異りますが、保険会社へ毎月提出する、交通事故診断書は、一般的にはどこの整形外科でも、曜日をきめて書いています。ほとんどの整形外科医師は、多忙で、日中は記載する暇はありません。病院の規模にもよりますが、一度に記載する量は50人-200人近くなります。また、一人の方で3枚も4枚ももってくる方もいます。
特に勤務医は、夜の時間外で記載する方も多いでしょう。手術が終わって、外来にいき、うず高くつまれた診断書を見ると、正直なところうんざりします。しかも毎月である。社会的責務もあり、できるだけ早くは記載するようにはしていますが、いずれにしても請求は1ヶ月単位ですから、そう急ぐ性質のものではございません。なるべく早くとは思っておりますが、ご了承ください。まことに申分けございません。
以上の文は以下の文に対する反論です。

当直医師が作成拒否 大阪の市民病院(毎日新聞)
全文2001年1月22日(月) 10時0分
<特報・診断書>当直医師が作成拒否 大阪の市民病院 (毎日新聞)
 大阪府枚方市の市立枚方市民病院で、交通事故で救急搬送された男性(38)が当直の医師に診断書作成を依頼したところ、「アルバイトなので診断書は書けない」と拒否されていたことが21日、分かった。診断書の作成拒否は医師法違反。しかし、病院のマニュアルには「当直医師は作成できない」と記載してあった。同病院は「申し訳ない。誤解を与える記載で再検討する」と釈明している。
 男性によると、今月6日午後7時すぎ、枚方市内で運転中に追突され、同病院に運ばれた。大学病院から派遣されていた当直の医師の診察を受け、けいついねん挫との診断を受けた。
 この際、医師は診断書作成の依頼に、「アルバイトの身分で書けない。平日にもう一度診察を受けてください」と説明。男性は平日は仕事で受診できず、診断書を書いてもらうために別の病院を受診せざるを得なかった。
 枚方市民病院によると、夜間や休日の救急診療は、内科、小児科、外科系の3科で実施。各1人の医師が診察にあたるが、大半は大学病院の医師が担当している。救急当直医師マニュアルは、「診断書等の作成については、常勤医師の管轄で、当直医師は作成できませんので、ご承知ください。ただし、例外的に作成をお願いすることがあります」と記載。当直医師は病院から作成を依頼する場合のみ、作成するとも取れる表現だった。
 医師法は診断書作成について、「正当の事由がなければ、拒んではならない」と定めている。
  【医療問題取材班】
[毎日新聞1月22日] ( 2001-01-22-03:01 )

医師法
医師法第四章 業務
第十九条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由 がなければ、これを拒んではならない。
2 診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案 書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由が なければ、これを拒んではならない。