整形外科医の視点
公的年金への疑問
千田整形外科クリニック  千田 直  
目次
 はじめに
 世代間相互扶助について
 公的年金は賦課方式か
 積立金は誰のものか
 積立金の使い道
 なぜ積立金を増やすのか
 制度改定でどうなるか
 公的年金の未来

はじめに

 一般的に日本の年金制度は世代間相互扶助の賦課方式と言われています。しかし実際には賦課方式と積立方式を並立した段階保険料方式という制度です。
 賦課方式だけだと将来の世代の負担が増します。積立金はそれを軽減するためにあるのですが、果たして積立金が適切に運用されているのでしょうか。
 最近特殊法人の経営体質が明らかになってきました。そのほとんどが赤字でまともな事業収入を得られていません。年金積立金の多くは特殊法人などに貸付けられていますが、それらが不良債権化している懸念があります。
 年金積立金の使途は国が決めていて、国民は関与できません。もしかすると現在ある積立金は不良債権として塩漬けされ、将来にわたって国民に還元されることはないかもしれません。
 現状のままですと公的年金は、今後も保険料と税金を大量にかつ無駄に浪費しながら存続することになります。むしろ早いうちに破綻してくれた方が国民の被害が少なくてすむのではないかとすら思えます。


世代間相互扶助について

 開業医自身は国民年金に入り、看護師さんや事務といった従業員は厚生年金に加入してもらう。国民年金は定額で月13300円を、厚生年金は給料の17.35%を従業員と雇用主である院長が折半して社会保険に納める。医療法人にしていない一般的な開業医の姿でしょう。
 公的年金は世代間の相互扶養といわれています。わかりやすく言えば現役世代から高齢者への仕送りということです。
 また、日本は少子高齢化が進行中で、将来仕送りする側の現役が減って、受け取る側の高齢者が増えていきます。その結果、現在4人の現役が1人の高齢者を支えているのが、2025年には2人の現役が1人の高齢者を支える計算になります。そのために国民年金は倍額の月26600円に、厚生年金は17.35%の保険料をおよそ35%にまで引き上げる必要があるとされています。

  ・厚生年金の将来見通し   被保険者(加入者)数、受給者数の見通し
  ・年金制度の意義と役割

 必要な年金原資を現役世代の保険料でまかなう財政方式を賦課方式といいます。世代間相互扶助は賦課方式にほかなりません。賦課方式は保険料などを負担する人と給付を受ける人との比率によって保険料が決まります。
 ちなみに医療制度をみてみましょう。
 毎年の医療費は大雑把に言えば30兆円です。それを保険料と公費と自己負担でまかなっています。負担が大変とかいろいろ言われていますが、毎年集めたお金のほとんどが医療費として医療機関のほうに行きます。これも一種の賦課方式といえましょう。患者である受給者が増えれば、保険料を上げて対応するのはある程度やむを得ないともいえます。

公的年金は賦課方式か

 公的年金が世代間相互扶助で賦課方式であるなら、毎年の保険料などの収入と年金給付などの支出はほぼ一緒になるはずです。
 1999年度の厚生年金の収支状況をみてみましょう。

  ・厚生年金、国民年金の財政DATA

 収入は31.9兆円(保険料20.2兆円、国庫負担3.6兆円、運用収入4.7兆円、国民年金特別会計より受入2.3兆円など)支出は27.9兆円(保険給付費18.7兆円、国民年金特別会計へ繰入8.8兆円など)となっています。収支差が3.9兆円あります。収入の方が10%以上も上回っています。
 ところが、1999年はまだ収支差が少ない方なのです。10年前の1989年には収入18.0兆円に対して支出は13.4兆円。収支差は4.6兆円で収入の25%にものぼっています。
 実は厚生年金の制度が始まって以来、単年度で年金財政が赤字になったことは1度もありません。それどころか毎年巨額の黒字を出していて、収支差の累積により年度末積立金は1999年度末でなんと134.8兆円(!)にも達しています。この数字は1999年度の支出のほぼ5年分に相当します。公的年金が賦課方式なら、なにもこれだけ巨額の累積黒字を残す必要はありません。
 厚生労働省によると、日本の年金制度は賦課方式ではなく積立方式と賦課方式をあわせた段階保険料方式だそうです。これはある程度の積立金を有しながら物価スライド、賃金再評価などによる費用の増加の多くを後代の負担でまかない、両者の利点を併せ持つ方式ということです。
 積立金は現在の年金受給者や今保険料を掛けている人の過去の保険料を原資にしています。そしてそれから得られる運用益もそうです。これらは決して後代から受ける扶助ではありません。むしろ現在の受給者世代の自助であり、場合によっては後代の負担を軽減する逆賦課方式とも言えるのではないでしょうか。
 こうしてみると一般に喧伝されている、公的年金は現役世代から高齢者への仕送り、という表現が適切かどうか疑問に思えます。

積立金は誰のものか

 今後少子高齢化の進行により年金受給者が増え、若い人たちが少なくなっていくことは確かです。賦課方式なら将来保険料を2倍にしないといけないかもしれませんが、積立金があればそこまでする必要はありません。
 日医総研の予測では保険料率、給付、国庫負担(現在基礎年金給付費の3分の1)等を現在のままとして、仮に利回り2%で運用した場合、2015年度までは積立金がマイナスになることなく年金給付が可能とのことです。
 本来年金積立金は、世代間の負担の公平を図る目的で積み立てます。人口構成が若い時期には積立金を積み増し、高齢化するとともにこれを取り崩して若い世代の負担を緩和します。その意味では積立金方式が悪いわけではありません。
 ただ問題なのは将来どれだけ積み立てるべきなのか。あるいはいつから取り崩していくのかがはっきりしないという点なのです。
 厚生労働省は将来の年金の収支予測を定期的に行っています。その中で積立度合(積立金と支出の割合)というものが示されています。それによると長期の見通しでは支出に対して積立金は減少することになっていますが、計算年度においては常に翌年の支出の5から6倍になっています。
 どういうことかといいますと、将来受給者が増えるので積立金を取り崩さざるをえないと予想しながら、実際には取り崩すことなく、その年になるときっちり5倍以上の積立金を確保しているのです。これは負担増や給付の減額などで対応しているためと思われます。
 たとえば1980年の制度改正に際して、その年の積立度合は7.4倍で20年後の2000年には1.4倍と予測しています。ところが先にも述べたように1999年の段階では5倍になっています。
 年金を受け取る側と支払う側との比が1対2のピークに達するのは2025から2050年頃と見られています。厚生労働省の案、たとえば年金受給の開始年齢を遅らせると共に年金の料率を上げる案をそのまま実施すると、もしかするとその頃にも給付金等の5倍もの積立金が維持されているのではないでしょうか。
 こうなると積立金はいったい誰のものだかわからなくなります。最終的に国民に還元すべきものが還元させられることなくただただ積み上がるのみです。

積立金の使い道

 さてこれだけ巨額の積立金はいったいどのように使われているのでしょうか。
 制度改定がなされたので現在は違いますがデータの関係で2000年度までの制度で説明します。この制度改定についてはあとでふれます。
 国民年金と厚生年金の積立金は1999年度末であわせて144.0兆円になります。これは郵便貯金(255.1兆円)、簡保など(38.9兆円)と共に旧大蔵省資金運用部に預託されます。その額トータルで443.0兆円。これらは資金運用部の中で分別されているわけではなく、いわば巨大などんぶりの状態になっています。
 そこから国の一般会計、特別会計、特殊法人(財投機関)、国債の購入などに341.5兆円。地方公共団体に66.5兆円。交付税などに30.0兆円といった具合に資金が流れています。実際にはこれらの間でも資金のやり取りがあって大変わかりずらくなっています。
 この積立金の使途に関しては日医総研が「公的年金の運用実態の研究」(以下「研究」と略す)で詳しく分析しています。極めて意欲的な研究だと思います。
 本稿をおこすにあたって多くを参考にさせていただきました。
 「研究」では特殊法人(資金運用部の残高189.2兆円、以下同じ)、地方公共団体(66.5兆円)、特別会計(64.9兆円)の3つについて綿密な分析を行っています。
 まず特殊法人のほとんどが事業費等による利益や補助金収入で利払いするのがやっとです。場合によっては新規の借入金で利払いを行っている状態です。利息を払うためにまた借金をする。元金の返済などとてもとても。これはサラ金の借金で首が回らなくなった多重債務者とおんなじです。
 1例をあげますと住宅金融公庫。1998年度末の資金運用部資金残高(資金運用部からの借金)は70.2兆円。1999年度末では3.5%増えて72.6兆円となっています。支払利子率が1999年は4.2%となっていますから借金しながら利息払っている現実が見えてきます。
 他の特殊法人の多くも似たような財務内容で、追い貸しによって生き長らえているようなところばかりです。
 地方自治体はどうかといえば、相次ぐ公共事業などにより財務内容は急速に悪化しています。企業であればとっくに倒産してもおかしくない自治体がごろごろしています。
 特別会計というのは、国が特定の事業や資金運用を行ったり、特定の歳入をもって特定の歳出に充てる場合に、一般会計の歳入歳出とは別に経理するための会計、とされています。これらの中でも、国民年金特別会計や国有林野事業特別会計などいくつか破綻状態の特別会計があると分析されています。
 そして「研究」によれば資金運用部からこれら3つに対する融資のうち249.8兆円が不良債権と見込まれ、そのうち年金積立金分は81.1兆円に上るのではないか、ということです。144.0兆円のうち現時点で半分以上の回収が危ぶまれているのです。

なぜ積立金を増やすのか

 なぜこんなに巨額の積立金を積み増すのか。もちろん公式には少子高齢化に備えて、というでしょう。しかし前の章の内容を踏まえますと、どうも信じられないものがあります。
 さて、実際にこういった国の事業が破綻に至った例があります。旧国鉄です。当時、旧国鉄は莫大な累積赤字を抱えていました。これを分割民営化した際に処理することを求められたのです。いろいろ紆余曲折があって1998年に最終処理したのですが、28兆円が返済不能となり、そのうち1兆円を郵便貯金が負担することになりました。
 見方によれば、資金運用部に資金を預託している郵便貯金が貸し手責任を取らされたということになります。年金積立金に対しては何もありませんでした。では果たしてこれでよかったのでしょうか。
 郵便貯金はお金の出所がはっきりしていて、預ける期間も決まっています。期日が来たら必ず返さなければいけないお金です。
 ところが年金積立金はそうではありません。誰のお金かもはっきりせず、しかもいついつまでに必ず返さなければならない、というものでもありません。国の方針でいくらでも先延ばしできます。いわば、「催促なしのある時払い」のお金なのです。都合の悪い不良債権を全部ここに詰め込んでいつまでも払わずにおくことも可能です。
 こうなると積立金をどんどん積み増す理由もなんとなく見えてきませんか。
 おそらく資金運用部の資金の不良債権化は年々進んでいます。郵便貯金には返さなくてはならない。融資先は追い貸しをしないと利払いもできない。残るは積立金から流用していくしか方法はないではありませんか。
 不良債権として日医総研が試算したのは81.1兆円(分析した3つだけの分)でしたが、実際にはもっと多く、もしかすると全部が不良債権になっているかもしれません。もしそうだとすれば、年金積立金は年金として還元されることは永遠になく、将来のためと称してこれまた永遠に増え続けるでしょう。

制度改定でどうなるか

今回の制度改定を簡単に言うと、2001年度から郵便貯金、年金積立金などを資金運用部へ全額委託される制度が廃止されるということです。かわりに年金積立金に関しては年金特別会計として社会保険庁の管理の元、年金資金運用基金(以下、基金と略す)が運用を行います。

  ・厚生保険特別会計の年金勘定に係る積立金及び国民年金特別会計の国民年金勘定に係る積立金の運用に関する基本方針

 今まで積立金は旧大蔵省に全額委託していました。そこから逆に一部を借りて年金福祉事業団で自主運用はしていましたが、全額を自主運用することは厚生労働省の悲願でした。今後資金運用部へ委託していた分は7年にわたって償還されます。基金ではこれと、毎年生じる収支差をあわせた分を運用するわけです。基金は年金福祉事業団の事業も継承し、それにともない事業団は廃止されます。
では悲願が実現して何か変わるのでしょうか。問題点はないのでしょうか。
ざっと思いつくだけでも次のものが考えられます。

1) 基金に運用能力があるのか

いろいろ問題はあるにせよ少なくとも資金運用部は長年にわたって運用してきた実績があります。一方、以前の制度でも一部あった年金福祉事業団による自主運用ですが、廃止の段階で1.5兆円の欠損金があるといわれています。そんな年金福祉事業団を受け継いだ基金の運用能力には疑問があります。
そのせいか、積立金の運用に関してさまざまな枠をはめていますが、果たしてうまくいくかどうか。「結果が悪くても過程に瑕疵がなければ責任を問われない」と既に予防線を張っています。

2) 官僚の天下り先を作るだけではないか

1)とも関係しますが、実際には積立金等は基金から証券会社、信託銀行などの金融機関に預託されます。今までの例から言いますと、こうした金融機関に官僚が天下りするのは常のことです。厚生労働省が自主運用にこだわったのもこの天下り先の確保も理由の一つではないかと推察されます。
3) 政治の介入を防げるか
いわゆるPKOの要請が政治サイドからあった場合に、毅然たる態度が取れるか。資金運用部の資金はしばしばPKOに使われたといわれています。基金も同様のことがないとは言い切れません。
4) 自主運用するにあたって、過去の不良債権を切り離せるか
せっかく資金運用部へ委託していた資金が償還されるのです。不良債権分がきちんと清算されて元本利息とも耳をそろえて返ってくるのであればいうことはありません。
ところが先にあげた法律によりますと、償還された資金で財投債を引き受けることが定められているのです。しかも経済状況などを考慮して売買の時期や量は慎重に判断するとあります。これは償還されたお金はまた特殊法人などつぎこみ、しかも政治家や官僚の判断でいかようにもできる、ということを意味します。これではまったく元の木阿弥でいったいどこが自主運用だかわかりません。

公的年金の未来

 制度改定があっても現実は変わらない。あるいは変えない。
 今回の改定にあたって、財務省と厚生労働省との間で上記について暗黙の了解があったのではないでしょうか。
 資金運用部の融資による巨額の不良債権については特に触れない。問題は先送りする。特殊法人などの資金がショートしないよう今後も融資を継続する。そのために年金積立金は今後も積み増す。
 厚生労働省は念願の積立金の全額自主運用を果たし、もしかすると天下り先も増える。財務省は資金運用部の運用額は減少しても財投債という形で実質的には関与は継続できるので、名を捨てて実をとったというところ。
 これらの推測がまったく的外れであることを祈ります。
それにしても保険料などの負担増を求めるときには世代間相互扶助だといい、巨額の積立金を指摘されると将来の世代の負担を軽減するためだという説明。段階保険料方式というのは、国民へのメリットというよりは、厚生労働省にとってまことに好都合な方式と申せましょう。
 公的年金にとって不幸なのは、保険料を払う人、受給者、いずれも彼らの意見を代弁する組織なり人がいなかったことではないでしょうか。医療費では支払いを受ける医療機関、支払う側の保険者がいて、間に厚生労働省があります。両者の間には常に緊張関係があります。政治もからんでいろいろな主張があります。
 ところが公的年金の場合は代弁者がいないため、厚生労働省と財務省がすべて取り仕切っています。そして保険料は彼らのていのいい財布代わりになってしまっています。緊張がないからです。これが不幸の始まりだったと思います。
 本稿をおこすにあたって年金の解説書や関連する新聞記事などを読んでみましたが、年金評論家などと称する人も平気で「日本の公的年金は賦課方式」と解説していました。この人たちはわかって解説しているのか、わかっているのに頬っかぶりしているのか。
 年金積立金の不良債権処理といっても、結局税金で穴埋めしなければならないのは明らかです。そうであれば国民負担であることにかわりはありません。いっそのこと積立金はなかったものとあきらめて、今から完全な賦課方式にするのが良いのかもしれません。つまり、年金積立金の破綻を認めて清算してしまうのです。
 たぶん特殊法人の多くがやっていけなくなります。でもその方が少なくとも新たな国民負担を増やさずにすむと思います。

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