運動器とは、骨、関節、靱帯、筋肉、脊椎、脊髄、手足の神経や血管などの総称であるが、これらに対する関心と理解は、市民レベルは勿論のこと、医療関係者にも、十分に得られていないのが現状である。我々は、運動器の重要性を啓発するために、地球儀に骨と関節をあしらったロゴマークの基に、2000年〜2010年・「運動器の10年」世界運動を展開している(図1)。
 脳を思考、命令系と考えれば、運動器はその表現系であり、人は運動器を介して自己を表現し相手を理解し、コミニュケーションしていることになる。運動器は身体活動をするうえで、意志により制御可能な唯一の器官であり、その面では、消化器などの臓器に比べ進化したものと言える。すなわち、運動器は生命や生存といったものとは直結しないにしても、人が人として生きていくためには欠かせない器官であり、QOLや人生の充実感、生き甲斐に大きく関与するものである。一方、人の運動器は未だ発展途上にあり、2本足で活動するには、いくつかの身体的弱点ともなっている。そのため、運動器の疾患・外傷・障害は多く、実際にみられる愁訴は肩こり、腰痛、関節炎の順に多くみられる。
 世界が高齢化に向かう中で、運動器の疾患・障害は増加の一途をたどり、その医療や介護に要する経済的損失は、2000年において、米国では2.500億ドル(約26兆円)に達し、わが国の医療費に匹敵する膨大な損出を招いている。そのうえ、労働力低下や、社会活動に参加できないことなどによる社会的損失は計りしれないのである。このため、日本整形外科学会は10年前から運動器の大切さを市民に理解していただくため、10月8日を「骨と関節の日」とし、毎年、テーマを決めて啓発活動を行ってきた。
 同様の観点から、スウェーデン、ルンド大学の整形外科医リドグレン博士は、運動器疾患・障害の克服に向けた啓発と研究推進による治療法の開発と予防の重要性を提唱した。それを受けて国連・WHO(世界保健機構)が2000〜2010年を「TheBone and Joint Decade」と定め、各国が主体的にその予防・治療研究と啓発に取り組むことを求めた(http://www.boneandjointdecade.org)。
現在96カ国が参加し、多くの国が国家的プロジェクトとして活動を行っている。わが国では、「運動器の10年」として、54団体が参加した日本委員会を立ち上げ、啓発活動を進めてきた(http://www.bjdjapan.org/)。昨年12月には、厚生労働省から「運動器の10年」を政府として正式に是認されたので、遅まきながらNationalEndorsement57カ国の仲間入りを果たしている。
 「運動器の10年」活動の目標は、
(1)、運動器障害による病態に関する研究の推進(変形性関節症や関節リウマチなどの関節疾患、腰痛を主とする脊椎疾患、骨粗鬆症、重度の外傷、小児の運動機能障害と変形、などを当面の対象とする)
(2)、運動器障害がもたらす苦痛とその医療費など社会的損失の評価とその対応
(3)、個人の自立と尊厳という視点に立って運動器の重要性の評価
(4)、運動器疾患を主要な対象とする学会や団体との連携による研究と開発の強化
(5)、運動器疾患制圧の予防法や治療薬等の研究開発
(6)、学会、患者団体、医療・福祉施設、スポーツ団体、などとのネットワークの構築
(7)、バリアフリーを目指す生活環境の確立等である。
 すでに5年目を迎えたわが国における「運動器の10年」の運動成果は徐々に挙がりつつあるが、「癌の10年」や「脳の10年」などで挙げた成果と比べるとまだまだ不十分である。「運動器の10年」世界運動がさらなる成果を達成するためには、医療関係者が意識を高め、率先して市民に語りかけ、運動の輪を広げ、盛り上げることが必要である。多くの方が「運動器の10年」ロゴマークのバッチを胸に付けることにより骨と関節についての話題を広げ、市民に運動器への関心と理解を深めることを期待している。

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