大量の情報を処理する事の重要性についての私見1999/6/3


 多数のML(Mailing List)などに参加していて、日常的に感じている事項についての私見です。これは小生が以前から感じている事で決して、万人に当てはまるかそうで無いかは分かりません。これはあくまでも私の個人的な意見であることをお含み置き下さい。

 小生自身、パソコン通信の時代から、即ち約15年近く前からパソコンによる通信に関わって来ました。我が国でも最も早くから、従兄弟と始めた医療相談を通じて通信を行って来ました。その後自身にて医療NETをパソコン通信で主催し、かつその世界でも長く関わって来ました。

 その頃から通じて感じて居ることですが、今迄通信の世界を知らず、いきなりこの世界をかいま見ると、またある日に急にこの世界に飛び込むと、急に1度に大量の情報が送られて来る事に驚きます。特にMLに入るとE-mailと言う形で、自分の意志とは別に大量の情報が送られて来ます。そうなるとパニックに誰だってなります。これらについて初めから全てに目を通し、理解し咀嚼する。こりゃーで大変だ!これを読むだけで一日が取られてしまう。中には下らない話もあるし、こんなのに関わっていては俺は駄目になる。下らない!
こう感じるのです。これは本当にそうなのでしょうか?

 私はそうは思いません。例えば毎日自宅に届く新聞を考えて見ましょう。朝来た新聞を皆さんは朝飯でもコーヒーでも飲みながら読むでしょう。ではその新聞の端から端まで全てに目を通し、読んでいますか?
違うでしょう?興味の無い記事は読み飛ばして居るでしょう。反対に興味のある記事は何回でも読み返して読むでしょう?これと同じです。しかし最初には新聞全体を斜め読みしないと何が書いてあるか理解出来ませんよね。誰でも最初は全体を斜め読みするのです。中から興味の有ることだけを選択して読み込むのです。

 inter-netの世界では、いきなり大量の情報が送られてきます。この中には自分にとって不要のモノも、下らないものあるでしょう。しかし中には自分にとって非常に重要な情報もあるのです 。
 それは各個人が選び、選択し、またはモノによっては排除すべき事項なのです。その判断は自分以外の誰にも出来ません。ある人にとっては非常に重要な事柄でも、隣の人にとっては不要で下らなく不要な事かも知れません。しかしその判断は当人以外には出来ないのです。
ある人にとって重要な事柄と思って、例えばMLに流したとします。しかし他人にとっては、下らない!たわいの無い事柄だと頭に来ます。これと同じなのです。新聞の中には下らない!と思う記事も有るのです。

 今の時代、これからの時代には、大量の情報の中から、自分にとって必要な情報を選び出し、この中から必要なモノだけを取り出し、自分自身の身に取り入れる。能力も必要なのであり、かつこの能力を身につける事を拒否する人はこの時代から取り残される運命にあると思うのです。
 しかし、その様な拒否する方を引きずる必要も無いし、それらは各個人が選択し、各自が自由に決める事柄だと思うのです。特にMLに登録するか否かは自分で決められる事柄です。
自分にとって面倒で有ればMLから離脱すれば良いし、それに関して他人がとやかく言う筋合いでは無いのです。
 冷たい様ですが時代はこの方向で動いています。あなたの息子、娘の時代では、私の過激な意見も当たり前に思われると思います。ご批判もあると思いますが、私自身が10年以上も前から切実に思っている事です。


川内邦雄
川内クリニック・東京・杉並